主よ、どちらへ

司祭 アンデレ中村 豊

 ある日の午後、車のラジオはNHKの「子どもの心相談」を放送していた。電話に登場したお母さんは次のような悩みを打ち明けられていた。

誰が一番好き
 「小学生の子どもが最近『お母さん、一体誰が一番好き』としつこく言うのです。わたしは『きまってるじゃない。あなたよ』というのですが子どもはどうも納得しないようで、日を置いてまた同じ質問を繰り返すのです。一体どう対応したらいいのでしょうか。」
「お母さん、子どもが質問しているとき、あなたはどのような顔をしていますか。ぶっきらぼうに返事をしているのではないですか」と回答者。少し間をおいてお母さん、「少し不機嫌な顔をして、いやそうに答えていました」。
 このお母さんと子どもの同じような会話をどこかで聞いたことがある。ヨハネ福音書21章にそれがある。
 イエスはシモン・ペトロに、「この人たち以上にわたしを愛しているか」と質問されペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えるとイエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と命じられた。主イエスはそれでも満足せず、「私を愛しているか」を都合3回尋ねた。どうしてわかってくれないのか、ペトロは最後には悲しんだのであった。

心で泣く
 今、ワールド・カップ一色である。沢木耕太郎氏は「シンチョン・レポート(朝日新聞)」で、大会で聞いた最も美しい言葉は韓国の安貞桓(アン・ジョンファン)がイタリア戦翌日に語った一言、といっている。安貞桓はイタリア戦で開始早々、決定的なPKのチャンスにゴールを決められず、逆にイタリアに1点を取られ、それを追わなくてはならないという苦しい状況を作ってしまった選手である。
 「『マウム・ソゲソ・ウルゴ・イッソッタ(プレーをしながら心の中でずっと泣いていました。)』」「安貞桓の顔は晴れやかだつた。しかし、それがいかに決定的なチャンスだったとはいえ、現代のどこの国の選手が、失敗したからといって試合中ずっと『心の中で泣きながら』プレーするだろうか。少なくとも、日本の選手が、自分のパスミスから点を奪われたとして、『しまった!』とは思うだろうが、試合中ずつと『心の中で泣きながら』プレーをするとは思えない。それは首都の中心部に数十万人が集まり、雨にぬれながらも熱い声援を送るということと見合つている。心の中で泣いていたという安貞桓の言葉は美しいが、どこか悲しくもある。大きく重いものが託されることの素晴らしさと悲惨さがないまぜになっている。日本の選手たちは、好むと好まざるとにかかわらず、その地平から飛び立つてしまっているのだ。それは、私たち日本人が、多くの局面で『心の中で泣きながら』プレーすることがなくなっている、ということを意味してもいるのだが。」

ペテロの涙
 紀元64年7月、炎は宮殿から燃え上がり、街路や町々を通って荒れ狂い、ローマは焼け落ちた。この火災の責任をネロ皇帝はキリスト教徒に帰し、戦車競技場は恐怖の場にかえられた。信者の多くは全身にタールをつけられて、たいまつのように照明に使われたり、十字架に釘づけにされたりした。
 ローマから東南にのびるアッピア街道をペトロは悲しみに暮れ歩いている。ネロ皇帝の、キリスト者に対する迫害に怯え同胞を見捨てて独り、ローマを脱出したのである。そこで復活のイエスに出会い、ペテロはきびすを返してローマに戻り、逆さ十字架で殉教したと伝説は語る。
 主よ、どこに行かれるのですか(ドミネ・クオ・ヴァデフィス)とペトロが主イエスに尋ねたところに教会が建てられている。近くには多くのカタコンベ(地下埋葬所)が点在し、殉教した「おびただしい証人の群れ」が埋葬されている。キリスト教迫害時代には礼拝を守っていた場所でもある。卑怯者ペトロは、キリストへの信仰の故に死んでいった兄弟、姉妹のエールに励まされ、主イエスを愛することの本当の意味を理解し、ローマへ向かったのではないか。


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