ミカエルタイムスから

司祭 ヨハネ 芳我秀一

【礼拝に関る質問】
  「香(インセンス)とは」
 
 現在、大祝日などの礼拝において、香(インセンス)が使用されていますが、今回は香について説明します。
 礼拝における香の使用は、キリスト教会の成立以前に遡ります。古代エジプト、バビロニアなどの異教の礼拝において、神々を宥めるために香を焚く習慣がありました。また、ユダヤ教の神殿礼拝においても大贖罪日の礼拝の際、大祭司は香を用いて神殿礼拝を捧げていたのでした。

 キリスト教会では最初の300年間は、香は主に皇帝礼拝、或いは異教礼拝で使用していたために、香の使用は行っていなかったようです。しかし、4、5世紀になってから香が次第に使用されるようになりました。異教礼拝では犠牲を献げる時に香を使用していたのですが、キリスト教会では香は元来犠牲という意味合いを持つものではなく、東方教会では礼拝に集まる信仰者が神の祝福を求めるためのしるしとされ、西方教会では祈りのシンボルとして香が用いられたのです。
 香炉振り(サリファー)は、次のような象徴的な意味を持って使用されます。まず、第一に、主イエスの受肉の象徴です。東方から訪れた博士たちは、幼子イエスを拝んだ際、宝物の一つとして乳香を捧げました(マタイ2:11)。教会は常にこの捧げ物の中に、幼子イエスは、まことの神であり、まことの人であるという信仰の告白をみてきました。香炉振りは、教会の信仰と働きは、神の御子である主イエスがこの世に人間としてお生まれになったという出来事を離れては無意味であることを教えます。第二に、絶え間ない代祷(とりなしの祈り)の象徴です。ヨハネの黙示録に「この香は聖なる者たちの祈りである」(5:8)と記されていますが、香炉振りは、絶えず神の御前に捧げられている、主キリストと教会の代祷を象徴します。定まりない様々な悲しい出来事がある今の世の中にあって、世界の為、人々の為に祈ることは欠かせないものです。そして私たち自身も自らをかぐわしい香として神に捧げなければならないことを教えます。礼拝にて香振りが行なわれる時、香振りに含まれている意味を心に留めながら祈りを捧げていきたいものです。

<<男子会開催!>>

去る5月6日(土)午後4時から加納町にあるYMCAサイコー亭にて男子会が開催されました。今回は芳我司祭と家族、及びこの4月から聖ミカエル教会勤務となった林 和広聖職候補生の歓迎会が行われ、老若男女約50名が出席しました。この会には入信されて間もない人から、何十年も教会生活をされている人、また久しぶりに教会の行事に参加された人など様々な人々が参加されて、普段は交流の少ない人たちとの交流の場となりとても意味のある男子会でした。今後も信徒間の交流、また新しい人たちとの交流の場が与えられることを願っています。


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