「神の武具」 |
司祭
パウロ 瀬山公一
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「立って真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。」(エフェソの信徒への手紙6章14節) 身を守る 帯は衣服を安定させ、動きやすくします。また帯を締めるというのは、準備が整った、覚悟ができたことの象徴でもあります。正義によって悪から心を守り、信仰によって悪い心を打消し、神の救いを忘れないことで、強くあることができるのです。その神の恵みを語り継ぐことができるように準備することです。わたしたちの周りには、悪への誘惑があふれています。それは、わたしたち自身の中にも存在しています。罪に陥らないように注意しなければなりません。 つるぎ 悪から身を守るだけではなく、立ち向かってゆくことも大切です。攻撃は防御でもあります。しかしそれは、悪を滅ぼすことというよりも、福音を語り伝えることです。神の言葉こそが霊のつるぎなのです。それは、神がわたしたちにしてくださった救いの素晴らしさを、思い出し、感謝することから始まります。敵を攻撃するのではなく、敵のために神に祈り、わたしたちが敵を愛することができるようになりたいと願うことから始まります。神の言葉、それは「神はあなたを愛し導いていてくださる」ということです。わたしにはできないかもしれないが、神にはできるのです。その神の恵みを身に着けましょう。 別品 今年8月にNHKのスタッフが訪ねてこられました。朝のドラマのためにミカエル教会の鐘の音を収録させてほしい、とのことでした。いくつもの機材を担いで、数か所で何度も録音されました。ドラマの中で、鐘の音が聞こえたら、それはミカエル教会の鐘だと思ってください。ちなみに、鐘を鳴らしたのは、永野神学生です。 |